サッカーは生涯スポーツ

プロサッカーの誕生と発展

日本プロサッカーが誕生して25年、今年で四半世紀を迎えます。当初は10チームのクラブのスタートでしたが、25年経った今年は52チームに増加し、また各都道府県にJリーグのクラブ予備軍がJリーグ入りを目指してしのぎを削っています。
 
Jリーグが目指す各都道府県に1チーム、クラブチームを誕生させるという目標は遠い夢ではなさそうです。日本人にサッカーという競技が合っているかどうかわかりませんが、ワールドカップ連続出場が示している通り日本サッカーの発展は素晴らしいものがあります。

サッカーの競技人口の増大

それに伴い競技人口、つまりはプレーヤーが増大し、またサッカーを取りまく環境すなわちスタジアムの充実も素晴らしいものがあります。以前は学校、社会人とプレーした人達は年を重ねるとほとんどがプレーから離れるか、他のスポーツ(ゴルフなど)に転じていました。
 
昨今シニアサッカーの人口の増大は目を見張るものがあり、40才代・50才代・60才代と各カテゴリーのリーグ戦が各都道府県で盛んに実施され、シニアサッカーの全国大会も多くの参加者が予選から本大会と真剣勝負で戦っています。

サッカーが出来る環境の充実と、身近なスポーツとしてのサッカー

四半世紀前に日本のプロサッカーであるJリーグが発足し、その効果として、日本代表すなわちサムライジャパンが連続ワールドカップ出場するなど、日本のサッカーのレベルアップにつながりましたが、それと同様にJリーグが貢献したものはサッカーを取りまく環境の充実です。
 
多くのスタジアムが出来て、緑・芝生のグラウンドで身近にサッカーを楽しむ事が可能になりました。生涯スポーツのサッカーとしてJリーグが貢献したものは絶大だと思います。日本サッカーのビジョンとして“スポーツをより身近にすることで、人々が幸せになれる環境を作り上げる”という理念があります。
 
シニア世代になっても今どこでもサッカーを楽しむことが出来ます。ボールを蹴って健全な身体を保ってください。

この記事のライターをご紹介

浜頭昌宏 (ハマトウ マサヒロ)

Jリーグマッチコミッショナー

1947年(昭和22年)6月28日生まれ 京都府出身
ヤンマー全盛期のストッパーとして活躍、JSL1部で176試合出場。
1991年(株)松下サッカークラブ(現ガンバ大阪)のユース、ジュニアユース、ジュニアチームの総監督、同強化部次長として、選手の指導、育成に当たる。
現在、釜本邦茂アシスタントコーチとして全国サッカー少年の育成・指導に当たっている。
2005年よりJリーグマッチコミッショナー

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