旅行は最高の生活リハビリ

 Oさん(男性)は、65歳の独身で一人暮らしだ。人付き合いが苦手で友達はいない。55歳の時勤めていた会社が倒産し職を失った。再就職は上手くいかず、通信教育で資格取得を目指したが上手くいかなかった。以来、近くのスーパーへ買い物に行く以外すっかり家に引きこもっていた。口寂しくて毎日お酒を飲み、生きているのがしんどいと言っていた。

 7年前、母親が特養ホームに入所した。2年後、母親の家で暮らしていた兄が、人間関係に悩んで何度か自殺未遂の末、自宅で首を吊って死んだ。兄の死後、Oさんは、空き家になった母親の家に住むようになった。さらに2年が経ち、母親が亡くなってからは、Oさんは、私に、生きていてもしようがない。死んでしまいたいと漏らすようになった。もしかして、Oさんは兄と同じことをたどってしまうのではと、私は心配になった。

 Oさんがお酒以外に何か関心が持てるものはないかと、色々話してるうちに、Oさんは動物園へ行ってみたいと言い出した。子どもの頃から両親が不仲で、動物園や遊園地へ連れて行ってもらったことがないらしい。それから、私はOさんを一泊二日で和歌山のサファリパークへ連れ出した。ライオンやゾウやパンダ、Oさんは大きな一眼レフカメラを持って黙々と写真を撮っていた。普段、あまり表情を出さないOさんの顔が、時々ほころんで楽しんでいるみたいだ。動物を見たあと二人で観覧車に乗った。観覧車に乗るのも初めてらしい。観覧車の中でOさんは子どもの頃のことを話し出した。Oさん、こんなに話ができるのかと驚いた。宿の温泉に浸かり、顔付きがますます柔らかくなった。その日のお酒はいつもより美味しいかったようだ。

 半年後、浅草と東京スカイツリーに行った。Oさんは以前より人と会う時の表情が柔らかくなっていた。そして3回目の旅行。長良川の鵜飼を観、飛騨高山、白川郷、そして上高地を巡った。雄大な景色を前に好きなカメラを向けていた。Oさんは、これまで旅先でお土産を買うことがなかった。お土産をあげる人もなく、買っても自分用に酒のつまみを買うくらいで、甘いお菓子は食べないそうだ。しかし、上高地の土産物屋で、気がつくとOさんは、両手に甘いお菓子がいくつか入った紙袋を持っていた。驚いた私は、思わずOさんに聞いた。そんなに買ってどうするの?  すると、いや、近所のお世話になってる人に渡すの。とOさんは照れくさそうに言った。えー?、Oさん、近所付き合いしてるの?  最近、玄関先や庭先でお隣さんと出会った時、話をするそうだ。旅の話題が楽しいらしい。いつか困りごとで助けてもらったこともあると言う。私も嬉しくなった。

 生き続けるには、人との関わりが欠かせないように思う。旅行という非日常な環境でこそ、思い切った行動ができるのか。旅先での出来事は話題になる。人と関わる楽しみが生まれる。Oさんの変わりようを見ていると、旅行は最高の生活リハビリだと感じる。

この記事のライターをご紹介

高嶋康伸 (タカシマヤスノブ)

ソーシャルワーク・アドベンチャー 代表 ホームソーシャルワーカー

1969年生まれ。1991年 そごう(現そごう・西武)入社。百貨店外商の経験から高齢者や障害者の生活ニーズに行き届かない社会システムに疑問を感じ、社会福祉に関心を持ち始めた。2000年 特別養護老人ホームに転職。2002年 高齢者と障害者の外出・生活支援事業を起業。2003年 社会福祉士登録。ホームソーシャルワーカーは、かかりつけ医の社会福祉士版。元気なうちから生涯にわたり、秘書や執事のように生活全般にわたるサポートをおこなう。いつまでもその人らしく元気に生きてもらえるよう、特に旅行や外食など楽しみ、希望実現の支援を得意としている。認定社会福祉士。

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