医療用麻薬に関する懸念②

医療用麻薬に関する懸念②

「医師×福祉×経営」で感じたことを発信します、レギュラーコラムニストの柏木です。
前回の続きです。

Q:医療用麻薬を使用すると、早く亡くなってしまうのでしょうか?

 これは多くの患者・家族から、医療用麻薬に関する心配事として聞かれます。「麻薬はできるだけ使わないでください。ちょっとでも長く生きて欲しいからです。」と言った具合です。私たち医療者は、基本的な態度として、患者に不利益があるようなことは避けたいと思っています。
そして、医薬品に関しても、正しく用いる限り、一定以上の安全性が担保された形でいと国内での使用認可が下りません。
にもかかわらず、なぜこのような懸念を抱くのでしょうか?

 私はこのような懸念を示される方とお話しする時には、「そのように心配されるのは、何か経験や見聞きしたことがあってのことですか?」と尋ねるようにしています。
そうすると、私の経験上では大きく2つの理由によるようです。
・麻薬で体がボロボロになる人がいるから
・以前、家族で医療用麻薬を使用した後、実際に亡くなった方がいる(といった体験談をどなたかから聞いた)
 というものです。それぞれ見ていきましょう。

・麻薬で体がボロボロになる人がいるから
 おそらく、正確には違法薬物を使用して、健康を害した方の報道などをもとに仰っていると理解しています。
そのような情報を知っていると、心配されるのも当然ですよね。
「あなたの大切な人に、違法薬剤を使っていいですか?」と医師に言われたら、私でも反対します。というか、怒ります。
ただ、これは前回のコラムで書いた、医療用麻薬と違法薬物を混同していますね。これは少し専門的な話であり、一般の方々に医療用麻薬と違法薬物としての麻薬との違いを、正確に理解していただくのが難しいことは当然です。
ただ、誤った知識のもとで、必要な薬による治療が受けられないのは、最終的には患者さんの不利益となることは間違いありません。
 この場合は、その誤解を丁寧に説明することで理解を促します。ただ、人は感情の生き物です。理屈ではわかったけど、やっぱり・・・」と言われることも多いですね。

・以前、家族で医療用麻薬を使用した後、実際に亡くなった方がいる(といった体験談をどなたかから聞いた)
 こちらはもっと複雑です。事実を整理すると、

病状の悪い家族がいた
 ↓
なんらかの理由により、医療用麻薬を使用した
 ↓
間も無く亡くなった(おそらく数時間〜数日の時間)

と言った経験によるものようです。こう言った経験をされた方の中には、「医療用麻薬を使ったせいで、うちの人はすぐに死んだ。だから、医者が医療用麻薬を使うって言ったら、絶対にやめてって言わないとダメよ。」と言ったようなアドバイスまで、周りの方にするような光景も拝見します。
大切な方を亡くされる経験に基づいてのことですので、どのように感じられたかは正しいとか間違っているという議論ではありません。
ただ、その経験を他のケースに適応することは注意が必要です。この裏には因果関係と相関関係の混同があります。

 ちょっとわかりにくいので、具体例をあげましょう。
「交番が多い地域は、犯罪件数も多かった。だから、実は犯罪は交番にいる警察官が起こしたものだ!」と主張した人がいるとします。
皆さん、どう思いますか?まさか、これを聞いて、本気にする人はいないですよね?

 論理的思考で重要な考えの一つが、「相関関係は因果関係を保証しない」というものがあります。この「交番の数が多い地域で、犯罪件数が多い」が相関関係です。
交番:多い、犯罪件数:多いという関係で、専門用語では「正の相関関係」と表現します。

 ただ、因果関係というのは、原因と結果という関係です。「交番が多いから、犯罪件数が多い」ということです。まあ、小説の世界や陰謀論などで、そのような設定を考えるのはいいとして、現実世界ではそんなことはないはずです。つまり、相関関係があるからと言って、それは因果関係を証明しないのです。

 さて、医療用麻薬の話に戻りましょう。
すでに病状が悪化している場面で、医療用麻薬を使用した場合に生じやすい構図です。まるで、医療用麻薬を使用したことで、亡くなってしまったかのように見えます。
でも、冷静に考えて見てください。もし医療用麻薬を使用しなかったとしたら、そのような病状の切迫していた患者は長生きできたのでしょうか?おそらく、医療用麻薬の使用によらず、似たような経過だったのだと思います。
また、多くのがん患者は、抗がん剤治療や手術をしながらも医療用麻薬を使用しており、何年も問題なく過ごしています。
もし本当に医療用麻薬が命を縮めるとしたら、そのような状況が説明できません。
実際に、日本人で行なった研究では、医療用麻薬の使用で、残された時間は短くはならなかったという結果でした。つまり、限られた経験から、相関関係を見出し、それを因果関係に飛躍させているのです。これは医療者であっても時々陥る、思考の罠なので難しくても当然ですが。

 ただ、先ほども申した通り、非常に感情が揺さぶられる状況での経験ですので冷静に分析できなくて当然です。
なので、このように考えを抱く方に必要なのは、説得というよりは、そのような経験をしたことや、大事な人に同じようなことを経験して欲しくないという気持ちを受け止め、ケアを提供することだと思います。
ただ、患者に対して適切な医療行為が何かという観点からは、非常に専門性の高い判断を要しますので、良かれと思ってのアドバイスがアダになることもあることは知っていていただきたいと思います。

A:そんなことはありません。実際に、研究でも適切に医療用麻薬を用いている状況では、亡くなる時期は変わりませんでした。

まとめ
 いかがでしたでしょうか?本当はまだまだあるのでしょうが、字数の関係で代表的なものを扱うにとどまってしまいました。もし読んでいただく中で、「こういった心配はないのか?」といったものがあれば、今後のコラムとして検討しますので、ぜひ感想を聞かせてください。
 

この記事のライターをご紹介

柏木 秀行 (カシワギ ヒデユキ)

医師・社会福祉士・経営学修士

1981年広島県呉市に生まれる。筑波大学医学専門学群を卒業後、福岡の飯塚病院に初期研修医として就職。救急、感染症、集中治療などを中心に研修を行った。地域医療を支える小規模病院に出向した際、医療経営と地域のヘルスケアシステムづくりをできる人材になりたいと感じ、グロービス経営大学院で経営学修士を取得。また、社会保障制度のあるべき姿の観点を、研修医教育に取り入れたいと感じ社会福祉士を取得し育成に取り組む。現在は飯塚病院緩和ケア科部長として部門の運営と教育を行いながら、診療所の経営コンサルトをオフタイムに兼任。緩和医療専門医、総合内科専門医、プライマリ・ケア認定医・指導医。

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