今と昔でぜんぜん違う“結婚”への思い

紫陽花とジューンブライドの季節

今年は少し早めに梅雨入りましたが、雨の季節をより美しく彩ってくれるのが、あじさい(紫陽花)。しっとりと雨に濡れる風情に日本らしさを感じます。あじさいはもともと日本古来の植物で、土の成分により花の色が変わります。日本は弱酸性の土壌なので青系が主流。生命力が強く、庭の一角で咲いていたという記憶がある高齢者の方も多いかも知れませんね。
さて、6月といえば、ジューンブライドの季節でもあります。戦後にジューンブライドが広まるまでは、6月に結婚式を挙げるカップルは少なかったそうですが、今回は、ジューンブライドにちなんで、結婚がテーマです。
 

この辺でいいか(笑)と結婚しました!?

大正生まれ、京都出身のシャキッとした女性のお話です。

結婚したのは、京都でお寺の日曜学校に通っていて、「おにいちゃん、おにいちゃん」と一緒に遊んでいた幼なじみです。私は兄弟がいて、主人にも私と同じ年くらいの妹さんがいました。よく知っている人で、夏休みの宿題をやってくれたこともあります。

年頃になると、どこからか結婚話が出てきて…。「私はいややから」と一度は断りました。戦争中で、まだ、結婚したくなかったから。所帯を持っても大変だという気持ちが大きかったんです。

戦争が終わって世の中が落ち着いてきた頃、またどこからか同じ結婚の話が出てきました。2度目なら仕方がない「ご縁やし、この辺でいいか(笑)」と。
戦争で男の方がたくさん戦死したでしょう、あんまり選り好みしてもあかんし…。そんな時代だったんです。

平安神宮で挙式しました。京都で結婚式場と言ったら平安神宮と決まっていました。家に姉の振り袖があったのでそれを着ました。黒の振り袖で紋もついていて、豪華な柄。10歳年上の姉の時は振り袖をつくれたのですが、私の時はモノのない時代で、着物なんかつくれない。他の人にも、その振り袖を貸してあげた記憶があります。
 

「結婚」への考え方が、今とは違う!?

戦後は、女性に比べて男性の数が圧倒的に少ない時代でした。結婚相手を探すのもひと苦労だったと思うのですが、適齢期になると親戚や近所の方などが、いろんな話を持ち込んでくれたそうです。

今も結婚相手を探すのはなかなか大変で、結婚相談所やお見合いパーティーに参加する方も多いですね。結婚を決めるまでには、選り好みもしますし、相性だって考えます。

でも、当時の女性たちは「親が決めたから」「結婚式まで相手の顔を見たことがなかった」など、あっけらかんと語ってくれます。(もちろん、「間違いのない人」と誰かが紹介してくれた人であるはずですが)。そんな風に結婚するのが当たり前だったのかもしれません。

機会があれば、大正や昭和ヒトケタ生まれの方に結婚について聞いてみてください。その時代の考え方がわかり、面白いし考えさせられることも多いと思います。
 

この記事のライターをご紹介

昭和の思い出つむぎ隊 (ショウワノオモイデツムギタイ)

昭和の思い出つむぎ隊は、高齢者・障がい者・子ども・外国人とその支援者に対し、安全で安心できる生活に必要な情報および支援の提供をしています。 また、それぞれの活動についてセミナーの開催も行っています。

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