昭和初期の農村~自然の恵みがお腹を満たしてくれました~

新一年生が、自分より大きなランドセルを背負って走る姿が見られる季節になりました。
ランドセルは大正天皇の入学祝いに、伊藤博文が贈ったものが原型と言われています。このときの皮革製の箱型のランドセルのスタイルが、現在にまで受け継がれています。
ランドセルが全国の小学校に普及したのは昭和30年代以降のことで、「ランドセルを持っているのはごく一部のお金持ちの子、私らは風呂敷で学校へ通った」というお話を聞いたことがあります。
 

農家の子どもは忙しかった

戦争中に近所の子どもたちが並んで「見よ東海の空明けて♪」と歌いながら、学校へ通ったことを覚えている人がいます。奈良の田園地帯で育った80代の女性。農業を営む両親と、たくさんのきょうだいに囲まれて、たくましく育ちました。学校から帰ると毎日、牛のえさ用の草刈りに行かされました。親が家にいないときも「草刈りに行け」と書かれた紙が置かれていたそうです。
この当時の農家の主食は麦ご飯。麦はお米より軽いので、炊きあがるとお釜の上のほうに集まってきます。麦は美味しくないので、麦だけを上手くすくってゴミ箱へ捨てていました。子どものことで「隠す」ということを知らないので、すぐ親に見つかって叱られたと懐かしそうに話してくれました。
あるとき、母親がジャガイモを細く切って、ご飯に混ぜると美味しいと聞いてきました。ポイントは塩味の加減。とても美味しくて何杯でも食べることができました。ジャガイモを入れることでボリュームが出て、節約できた米や麦を売りに出していたそうです。

自然の恵みは贅沢なおかずでした

夏は近くの大和川で泳ぐのが楽しみ。でも「女の子だから」と、親に許してもらえなかったそうです。けれど「しじみをとってくる」と言えば、川へ行くのを許してくれました。
当時は大和川の水もきれいで、しじみもたくさんとれました。しじみを茹でた汁でご飯を炊き、しじみの身を混ぜたしじみご飯は、とても美味しかったと繰り返し話してくれました。
「貧乏だったから、満足な食べ物はなかった」という話は、多くの高齢者からお聞きします。けれどお釜で炊いたご飯、畑で採れたジャガイモ、川でとれたばかりのしじみなど、現代の私たちにはかえって贅沢な食べ物に思えます。
お金はなくとも、豊かな自然がお腹を満たしてくれていたのですね。

※上記の内容は高齢者にお聞きした話を元にしていますので、事実とは異なる場合もございます。

この記事のライターをご紹介

昭和の思い出つむぎ隊 (ショウワノオモイデツムギタイ)

昭和の思い出つむぎ隊は、高齢者・障がい者・子ども・外国人とその支援者に対し、安全で安心できる生活に必要な情報および支援の提供をしています。 また、それぞれの活動についてセミナーの開催も行っています。

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