代理意思決定者を決めましょう

代理意思決定者を決めましょう

「医師×福祉×経営」で感じたことを発信します、レギュラーコラムニストの柏木です。
 
前回に引き続き、いざという時の話し合いについてです。

いざという時の話し合い 代理意思決定者を決める

前回はいざという時の話し合いの大切さと、その難しさについてお話ししました。
 
私自身は皆様が自分の人生の最終段階や、全く予想すらしなかった健康上の問題に遭遇した時のことについて、話し合うことの難しさや負担感を知りながらも、やはり自分ごととして主体的に考えて欲しいと思っています。
なぜなら、みなさんの人生の主役は、あくまでも皆さんであって、医療者である私たちではないからです。
 
仮に皆さんが言葉すら発することのできない状況にあったとしても、そこで対応する医療者は最大限みなさんの希望に沿った形で、医療的な対応を心がけると思います。
でも、私が見てきた光景は、必ずしもそれで関わる人が間違いなく良かったと、心から思える光景ではなかったことを少しお話しします。

この治療は誰のためにやっているのだろう?

医療系のテレビ番組は人気ですよね。
どのシーズンでもだいたい医療もののドラマはありますし、小説や映画でも医療現場を扱ったものは非常に多いです。
 
そのような中で、集中治療を受けている患者の光景を見たことのある方も多いのではないでしょうか?
集中治療というのは、重症患者を対象とし救命を目的とした治療を集中的に施す医学領域をさします。
実は、私は緩和ケアを専門として従事する前は、内科医としてのトレーニングの一環として集中治療を主に担当していた時期があります。
期間としては合計して6ヶ月程度ですので、私自身のスキルとしては「従事した経験があります」と言えるくらいのものですが。

集中治療担当の経験

さて、そのような集中治療の現場はまさしく、テレビで見るような光景かもしれません。
話もできないくらい重症の患者の口には管が繋がれ、その先には人工呼吸器が装着されています。
パッと視界に入るだけでも5本くらいの点滴が繋がれ、周りには機械の音がしています。
「シュコー、シュコー」「プルルッルル」「ピッ、ピッ、ピッ」といった感じです。
 
余談ですが、私が毎日のようにそういった状況の患者を担当している頃、家にいてもその音が聞こえるんですよね。
十分に休めない疲れや、始終そういった音に囲まれ、張り詰めた気持ちで仕事をしていると、体力的には割とタフな方なのですが、夜静かになると遠くで音が聞こえるといった経験をしたのを覚えています。
同僚に聞いてみたら、全く同じことを言っていたので、自分だけでないこと確認して安心しました。
 
さて、そのような治療を施し、実際に非常に良くなる患者もいます。
その時は、医師としてのやりがいを実感するものでした。
 
でも、中にはできうる限りの治療を尽くしても、救命ができないこともあります。
特に、すでに90歳にもなろうかというような高齢患者の場合は元々の体力も低下しているので医療者の予想以上に回復が難しいことがあります。
 
そういった集中治療を行っても、救命が困難な状況の多くでは、患者本人と話し合いをすることはできません。
もし本人が話せるのであれば、「懸命に治療をしましたが、回復の見込みがない状況です。
このまま治療を集中治療室で続けるか、治療を止めて最期を過ごしますか?」と聞くでしょう。 
 
集中治療を続けることで、管に繋がれる苦痛や、静かな環境で過ごせないといった弊害はあります。
治療が難しく、残りの時間が短い中で、どのようにケアや療養の環境を提供すれば良いか考えます。
 
それまで、回復を目指して提供していた集中治療室での治療を継続することは、人生の最後の時間を大切な人と過ごすこともできないという弊害も生じるからです。
また、治療効果が乏しいと医学的に判断するにもかかわらず、負担の大きな検査や治療での苦痛を与えることの是非も生じます。
 
ちなみに、医療者として大切にすべき倫理的な原則として、「無益な治療を施さない」というものがあります。
いわれてみれば当たり前のことですが、何も苦痛や負担の伴わない医療行為というものはないので、患者に益のない治療を提案及び提供してはならないという意味です。
私を含め、多くの医療者はこのような光景を見たとき、「これは誰のためにやっている治療なのだろうか?」「本人の意向がわからないことを言い訳に、本当は本人が望まない行為を強いているのではないか?」と感じるのです。

<代理意思決定者を決めることから始めよう>

そのような状況になった時、おそらく多くの医療現場ではご家族に病状を共有した上で治療内容の変更の提案がなされると思います。
この家族の役割を専門用語で、代理意思決定者と言います。
 
患者の代理として、その意思を慮り、重要な決定の役割を担うということです。
みなさんの大切なご家族の、そういった重要な判断について、本人と相談ができる状況ではないので代わりにあなたが決めてくださいというわけです。
どうでしょう?
 
「長男だから当たり前」というような、これまでの日本の社会システムの一つとしての家族の役割と捉え、その時、ご家族としては非常に強い葛藤が生じるわけです。
 
ますます高齢化が進み多死社会を迎える日本では、このような場面が多く見られることでしょう。
そこで、平成29年度時点で、厚生労働省は人生の最終段階において、個人の尊厳と意思が尊重される医療提供ができる人材育成を「人生の最終段階における医療体制整備事業」に取り組んでいます。
 
その中で重要なメッセージの一つに、事前に代理意思決定者を決めておきましょうというものがあります。
自分の代わりにだれかが自分のことを考え、決断する必要がある場合、誰がその役割を担うのかを考えることから始めましょうというものです。
これは、医療者に任せておけば大丈夫という光景とは全く異なる、この文章を読んでいる皆様に期待されている役割ですので是非知っておいていただきたいと思います。
「そんな役割、自分には無理!」ですって?
大丈夫です。
 
決して代理意思決定者が全てを決めるという意味合いではなく、医学的な状況提供や本人にとっての最善については医療者が一緒に考えてくれるので安心してください。
 
ただ、みなさんは「何が最善か」を規定する、その人自身の価値観や意向といったことや、「おそらく本人だったらこのように感じるだろう」という推定意思などを考えて欲しいのです。
なぜなら、最初に述べたように、みなさんにとって大切な人と、みなさん自身の人生なのですから。

この記事のライターをご紹介

柏木 秀行 (カシワギ ヒデユキ)

医師・社会福祉士・経営学修士

1981年広島県呉市に生まれる。筑波大学医学専門学群を卒業後、福岡の飯塚病院に初期研修医として就職。救急、感染症、集中治療などを中心に研修を行った。地域医療を支える小規模病院に出航した際、医療経営と地域のヘルスケアシステムづくりをできる人材になりたいと感じ、グロービス経営大学院で経営学修士を取得。また、社会保障制度のあるべき姿の観点を、研修医教育に取り入れたいと感じ社会福祉士を取得し育成に取り組む。現在は飯塚病院緩和ケア科部長として部門の運営と教育を行いながら、診療所の経営コンサルトをオフタイムに兼任。緩和医療専門医、総合内科専門医、プライマリ・ケア認定医・指導医。

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